中野区エスニックマップ

コラム

日本のさまざまな文化も息づく中野(1)ふるさとがある街

日本のさまざまな文化も息づく中野(1)ふるさとがある街

1973年、沖縄・恩納村の広報誌にも中野の「郷土の家」が掲載された(提供:恩納村役場)
中野区の夏のはじまりを告げる恒例行事「中野チャンプルーフェスタ」。2005年に始まり、2025年で第21回を迎えたこのイベントは、沖縄エイサー33団体、関連アーティスト32組が出演し、2日間で延べ15万人が来場。関東圏でも屈指の沖縄イベントへと成長しました。
「なぜ中野区で沖縄なのか?」
その背景は50年以上前にさかのぼります。中野区青少年課が、上京した若者の心のケアを目的に「郷土の家」プロジェクトを始めました。地方出身者の交流の場をつくったのです。1970年のことでした。まず青森・新潟・沖縄の3県の「郷土の家」が設立されましたが、とりわけアメリカ施政下にあった沖縄出身者は、よりどころを求めてたくさん集まるようになりました。中野には次第に沖縄のコミュニティが形成されていったのです。
そこから関東初のエイサーチーム「郷土の家エイサー隊」が誕生し、後の野外沖縄フェス「アシバ祭」へとつながっていきます。若者たちの止まり木として機能したこの取り組みは、人を呼び、人を定着させ、中野の街に多文化の風景を根づかせました。