
コラム

日本のさまざまな文化も息づく中野(1)ふるさとがある街
執筆者 / 上原慶(チャンプルーフェスタ実行委員会)

「なぜ中野区で沖縄なのか?」
その背景は50年以上前にさかのぼります。中野区青少年課が、上京した若者の心のケアを目的に「郷土の家」プロジェクトを始めました。地方出身者の交流の場をつくったのです。1970年のことでした。まず青森・新潟・沖縄の3県の「郷土の家」が設立されましたが、とりわけアメリカ施政下にあった沖縄出身者は、よりどころを求めてたくさん集まるようになりました。中野には次第に沖縄のコミュニティが形成されていったのです。
そこから関東初のエイサーチーム「郷土の家エイサー隊」が誕生し、後の野外沖縄フェス「アシバ祭」へとつながっていきます。若者たちの止まり木として機能したこの取り組みは、人を呼び、人を定着させ、中野の街に多文化の風景を根づかせました。












